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Edge2 今を、いきる。
第26回 東京に 踊る フラメンコ・ダンサー 野村眞里子
放送日:2月25日(土) 深夜0:00〜0:30
出演:野村眞里子(フラメンコダンサー/プロデューサー)
演出:伊藤 憲
制作:テレコムスタッフ
ひとつ場所に定住することを拒み、放浪を続ける民、ジプシー。その果てしない旅の喜怒哀楽を歌舞の形で表わしたのが、フラメンコである。哀切と情熱とが綯いまぜとなった、パフォーミングアートとしてのダンスの奥深い魅力を、ある時は公演プロデューサー、またある時はダンサーとして自身の踊りで表現しようと奔走する女性がいる。
スタジオ・エルスール代表、野村眞里子。
野村はジプシーたちが長い年月をかけて築き上げてきた本物のフラメンコに魅せられ、フラメンコの日本での定着に尽力してきた。そして一方では、ジプシーではないフラメンコ、現代の東京に生きる野村にしか表現出来ないフラメンコのありようを求め、夫でもある詩人・野村喜和夫の詩やコンテンポラリーダンスなど、様々な試みを取り入れた舞台を作ってきた。
変わり続ける東京で、決してひとつところに安住しようとはしないその生き方をフラメンコのリズムにのせて、野村は今日も自身演出の舞台に立つ。
『記憶を奪う街にて』
以前、大震災から5年が経った神戸で、我が子を亡くしたという若い母親の話を耳にしたことがある。「街がすっかり姿を変え、あの子と一緒に歩いた街が目の前から消え去ってしまいました。私は、あの子だけでなく、あの子との思い出も奪われました。」
あの道を、この角を、あの人と一緒に歩いたな、と街を歩き眺めるたびにその記憶の情景を思い出せるということ。当たり前のように思うかもしれないが、それは街並が昔と変わらぬ姿で残っていて初めて可能になることなのだ。街とは、そこに暮らす人、個々の記憶が積み重なるものなのだと、その時初めて気付いたような気がした。
崩れ落ち、真新しい街に生まれ変わった神戸に暮らす若い母親は、我が子の死を、街に生きて彼女の思い出と共に反芻し、癒していくことさえ出来なかった。愛する人とその記憶をも奪ってしまった街の瓦解。それが阪神大震災だったのだ、とその時そう考えたのを思い出す。
そして、私たちの暮らす東京。
この街も、日々その姿を変え続ける。新しくて魅力的なものを探せるショッピングのための建物、お店が、次々と目の前に姿を現しては消えていく。お金を生み出そうと、その姿を変え続ける街。六本木、丸の内、渋谷、品川、街を数え上げれば切りがない。例えば1ヶ月の間、青山の街を歩かないと、まるで違う街になっている気がすることさえある。ここに生まれ暮らし、自分というものを作り上げていく子供達は、この東京にどう自分の記憶を積み重ねていくのだろう、そう本気で考え込んでしまうときが度々ある。自分の生きた証しとしての、自分の街=故郷の記憶。
野村眞里子さんは、この東京という街で幼い頃から生きて来た。そこで“自分”というものを作り上げ、フラメンコを踊って来た。そして、僕に言った。「この街の変化こそを“故郷”としたい」。変わることそれ自体を自分の住処(すみか)とする人間の生き方。そのリズムに自分を感じられるというフラメンコへの想い。この街に生きる人間の痛み、強さを思わず想わざるを得なかった。
ディレクター 伊藤 憲
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