Edge 未来を、さがす。22回
「詩人・松浦寿輝をめぐるかりそめの旅」
放送日:2009年5月23日(土) 22:00 〜 22:30
出演:松浦寿輝(詩人)
演出:狩野喜彦
制作:テレコムスタッフ
はるか下方にひときは猛々しく輝いてゐるあの一点、あれは町だ、きみの町、そこに、きみはどうしても行き着けない、
つやゝかな悪い暗闇の底にしづかにしづかに蹲ってゐるあの小さくて大きな町、
小さゝも大きさも持たない幼年期の町
(『吃水都市』所収 「眠る男」より)
松浦寿輝。詩人、東京大学大学院教授、作家。
高見順賞、吉田秀和賞、三島由紀夫賞、渋沢クローデル賞平山郁夫特別賞、芸術選奨文部大臣賞、芥川賞、読売文学賞…詩、学術研究、そして小説と、携わる全ての分野における錚々たる受賞歴が、松浦の非凡な才能を如実に物語る。
2008年、松浦は20年にわたって書き継いだ24の断章からなる詩集『吃水都市(きっすいとし)』を上梓した。「想像力によって侵食され無意識の奥深くに水没した都市」。詩人は跋文にそう記している。松浦の内奥にのみ存在する都市(まち)。20年という歳月を費やした今、松浦はそこにたどり着くことができたのか。
詩人の意識の奥を、そして記憶の底をめぐる旅が今、始まる。
「映像プランにまつわる二冊の文献」
なかなかの敷居の高かった今回の番組で、その映像プランを練るにあたっての参考書となった、二冊の文献があるのでそのことを書いてみる。
一冊目は1989年から96年にかけてフランスの哲学者ルネ・シェレール/René Schérerが著した『ノマドのユートピア/Utopies Nomades』である。
初めて、東大の駒場キャンパスにある松浦氏の研究室で会談したとき、強く印象に残ったのは、「私の作品は、言ってみればユートピアです」という言葉であった。自宅に戻り、松浦氏の著書のページを捲りながら、氏が詩、小説に描くユートピアとは…と、つらつらと考えている時、ふとこの文献が頭に浮かんできた。そしてそこにはこんなことが記されていた。
《ユートピアはつねに「歴史」の犠牲者のために「歴史」から忘れ去られた者のために書かれる。それは、今日においては、世界経済システムによって押しつぶされた人びと、排除された者、追放された者、地下生活を強いられた者たちのことである。》
《ユートピアに流れる時間は「歴史」の時間ではない。そうではなくて、それは、歴史を横断する「生成変化」の時間、奥深い現実の生の変化の相に流れる時間なのである。》
《ユートピアは単に【No-Where/どこにもない】に還元されるものではなく、
【Now-here/いま、ここで】の思想であるはずである。》
これらの言葉を頭の片隅において、改めて松浦氏の詩と小説に触れてみると、氏が描こうとするユートピアがより輪郭をもって立ち上がってくるのを感じた。
二冊目は、アンドレ・ピエール・ドゥ・マンディアルグ/André Pieyre de Mandiarguesの『ポムレー路地/Le passage Pommeraye』である。この本はフランスのナントにあるガラス屋根のついた路地を舞台に、マンディアルグが幼年期に愛読したジュール・ヴェルヌの冒険譚に想いを寄せながら描いた幻想小説で、これは松浦氏が幼少時代に遊んだという、台東区竹町の路地にロケーション・スカウティングに赴いたとき、目の前に次々と現れる、あたかも時間の隙間に入り込んでしまったかのような既視感(デジャ・ヴ)を感じさせる光景を写真に撮っているとき、ふと思い浮かんできたものである。
『ポムレー路地』の文章の間に挿入されたモノクロームの写真のような感じで写真が撮れれば…、私は路地の魔法にかかったかのようにシャッターをきっていた。
かくして、二冊の文献が思い浮かんでから、映像プランは纏まり撮影にこぎ着けることが出来たのだった。尚、今回松浦寿輝氏の出演が実現したのは、プロデューサーの寺島高幸氏の強い想いからであった。従ってインタヴュウは寺島氏が担当し、映像と編集を私が担当するという共同作業となったことを記しておく。
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